10月14日 ヴァラナシ暗黒の一日
午前4時、列車はほぼ定刻通りヴァラナシへ到着。まだ夜明けは遠く、真っっ暗である。
こんな時間でも駅には客引きをするリクシャドライバーの姿。さすがに昼間よりはずっと少ないけど。
頭は寝ぼけてるし周りは暗くて不安やし、強引に引っ張って行かれた1台のリクシャについ乗りこんでしまう。
ガイドブックで見たホテルの名を告げる。周りの様子は暗くてよく分からないが、街全体を異臭が包み込んでいる。腐ったゴミと便所のような匂い。
そして牛。どの街の道端にでも居るのは居るのだが、数が妙に多い。もしかしてすんごい街かも・・・。
路地への入り口でリクシャは止まった。「ここから先は道が細いから、歩いて行くで。」
運ちゃんの後に付いて細く暗い路地へと踏み入れる。路地の中は更に真っ暗だ。しかも雨も降ってないのに地面はぐちゃぐちゃに濡れている。
と、何かにつまづいた。牛だ。
『なんやねんモォ〜人が寝てるのにモォ〜・・・』という感じで気だるく牛はこちらを見る。ごめんよぅ。
かなり歩いたはずだが、ホテルはまだ見えない。そもそもこんな場所に本当にホテルがあるのか?
昼でも暗いと思われる路地の両側は潰れかけたあばら家が建ち並び、明かりは所々にあるヒンズー教のお地蔵さんに上げられたローソクくらい。
良く見ると路上には牛に混じって、どう見ても死にかけている老人達が・・・。曲がりくねった道は迷路のように延びている。
「なぁ、ちょっとヤバくない?」
ガイドブックで読んだ窃盗被害報告が頭の中をまわる。しかしこんな奥まで来てしまっては道も分からず、自力で帰るのは不可能だ。
身構えながらさらに歩いて行くと、ようやくホテルの看板が見えた。騙されてなかったのは良かったが、こんな場所の宿なんか恐ろしくて泊まれない。
しかしガンガー(ガンジス河)沿いのホテルへは、どこに行くにもこんな路地を通っていくのだそう。う〜む・・・どうしよう。
「じゃ、わしが知ってるホテルに連れて行くわ。」
リクシャの運ちゃんの言葉も不安だが、他にアテはない。嫌なら断ればいいや、と思い案内してもらう事に。
入り口を入ってスグの床に布団を敷いて寝ていた宿主を起こして、部屋を見せてもらう。
お金はないけど、あまり貧乏臭い部屋はもうイヤ!という気になっていた私達は、エアコン着きの一番イイ部屋に決める。(それでも¥1500程度)
清潔感は無いがここからだとガンガーまで歩いて3分ほどだし、比較的大きな通りに面している。
ホテル前の道。路地を一歩入れば・・・。
「時間が早いから、今部屋に入るなら2泊分払ってもらう。」と宿主。そんなんイヤじゃ。
それにせっかく夜明けに着いて、有名な朝日を見ないテはないでしょ。荷物を置いて、いざガンガーへ。
運ちゃんは「ボートに乗れ」と勝手にボートを呼んで来て、一人300Rsだとかふざけた事を言い出した。ボートには乗りたいが、そんなに高いワケがない。
それに本当にお金が少なくなってきていた。いつものように値切りバトルが始まったのだが、この街の人間はちょっと勝手が違う。
しぶといのだ。しかも脅しが入る。
寝不足の頭で英語で交渉するのもしんどくて、一人100Rsでうんと言ってしまったのだが、後々まで後悔のネタになった。
お祭りの日なので、左端の人達はお祈りしています。
ボートに乗りこむ為、河へ降りていく。何か足が痒い・・・と足元を見ると、お〜びただしい蚊の大群がサンダル履きの足にたかっている。
頭に浮ぶ”マラリア”の4文字。しかしもう刺されてしまったのだから、どうしようもない。ま〜大丈夫でしょ・・・。
ぼんやり明るくなってきた川面を、ボートは静かに滑り出した。まだ観光客の姿もボートの数も少ない。
ガート(沐浴場)では沢山のインド人が河につかっている。日常からあまりにもかけ離れた風景の中に来ると現実感が失われるんだな・・・
と思ってると、ボート漕ぎのおっちゃんが『Sunrise』と言って指差した。
水平線のはるか向こう、川面から頭のほんの先を見せている太陽。そこから空はみるみる赤く染まって行く・・・。
地球の表面と空の境目から太陽が顔を出すところなど、今まで見たことがなかった。
それは無宗教のてんちょでも厳かな気持ちになってしまうほど、本当に神秘的な光景だった。
太陽の昇るスピードは意外に速くて、赤い光は瞬く間に昼のギラつく光に変わっていった。けど一瞬だからこそ、尚さら心に残るのかもしれない。
ぎんぎんぎらぎら朝日が昇る〜♪
我に帰って周りを見ると、いつの間にやら観光客を乗せたボートがいくつも漂っている。沐浴者の姿も増えた。土産物を売るボートも近寄ってくる。
水面を何やらヘンなものが流れてくる。近くまで来た時、小さい子供の死体だと分かった。
ボートのおっちゃんが説明してくれたが、6歳未満の子供と自殺者は死体を焼かず、重りをつけて沈めるそうな。
重りと身体を繋ぐヒモが切れてああして漂うのも、珍しくはないらしい。死体を初めて見たてんちょ、さすがにショックは大きかったかも・・・。
すでにいくらか膨らんでいた彼がうつ伏せだったのが救いであった。
ボートから見たガート
契約の1時間が過ぎ、ボートから降りると例のリクシャの運ちゃんがやってきた。
「ヴァラナシ名産のシルクを作っている所を見せに行くで。」
こいつはどこまで付いてくる気なんだ?とうっとおしかったが、ホテルに入れるのは12時。まだ7時過ぎである。
自分達だけでは何処にいけばいいかも分からない。寝ボケも手伝って、はいは〜いと付いて行く。
織物工場を窓から覗いて見学した後、お決まりの”オンリー見るだけ”ショッピングへ。
サンダルを脱いで上がり込んだ広い部屋に、次々とシルクのスカーフやテーブルクロスが広げられていく。
色合いや模様が美しい。しかも安い。ただしニセモノを扱う店もかなり多いと聞く。それはまぁ、キレイなら別にいいんちゃう?とは思うが、
てんちょはストールやスカーフを使うようなファッションをしない。てんちょの周りの人間も同様。キレイでも使わないものは要らない。
いつも通り調子よく、でもハッキリと要らん!と言ったのだが、店主は「なんでや!?」と目の色を変えて迫って来る。やはりこの街の人間は手強い。
「おまえ等は今日初めての客や。わしはおまえ等に買ってもらう為に苦労してこれを作ったんやで。たった1枚でいいから何か買え!
それでおまえもワシもHAPPYになれるんやっ!!」声が怒りを含んでいる。それでも断ると
「ワシは家族を食わせていかんとアカンのや。金を稼がせんかい!」
食べなきゃイカンのはウチ等も同じだ。しかも所持金は残り少ない。アーグラーでの予想外の出費のしわ寄せが来ていたのだ。
「さあ、どれにするんや。これかこれか、どっちか決めろ。」
「ちょい待ってぇや。絶対何か買わんとこっから帰られへんのか?」
「そうや。」
「(・・・そうハッキリ言われても)じゃ、何も買わんかったら怒る?」
「怒らへん!ワシはただHAPPYが欲しいだけなんじゃ〜〜!!」
目を血走らせて怒鳴るオヤジの声は、完全にキレている。
言う事は言い尽くした。コレ以上私達に何ができるのだ?旅行に来てなんでこんな思いせにゃならんのか・・・
友人Sは半泣きである。事の成り行きを見守ってた運ちゃんは遂に諦めて、帰ろうと言った。
「時間は早いけど、追加料金ナシで今から部屋に入れるよう頼んでやるわ。」
こいつらはどこに連れていっても何も買わんだろうと読んだらしい。私達も気分はどん底、身体はヘロヘロでとりあえず一寝入りしたかった。
しかし、これでおとなしく寝させてくれるワケがない。運ちゃん&客引きのコンビは運賃を「一人500Rs」と請求してきた。
「あんた頭おかしい。」そう返したてんちょにヤツは、
「朝から何時間おまえ等に付き合ってきたと思ってるねん。5時間やで。1時間100Rsじゃ。」
「付いて来てくれって頼んだ覚えはないわい!」
こんなやり取りを続けるには疲れ過ぎていた。ただでさえ街のダークな雰囲気に飲まれていた私等は、結局一人150Rsも払ってしまった・・・。
「もうイヤ、寝る。」
冷房を効かせた室内の、なんとなく汚れたシーツの上に横になり、フテ寝する2人。
今日のヴァラナシの街はシヴァ・フェスティバルらしい。外では大音量で、祭りの歌がエンドレスで流れている。
その音のせいで頭を空っぽにはできなかったが、身体を休めることはなんとか叶った。
エアコン付きスペシャルルーム。景色も良し。
「もう今日はどこにも出たくない」と友人S。彼女の方がダメージが大きいようだ。
持っていたお菓子をかじり、水を飲みながらうだうだと雑談していたが、せめて買出しには行かねばなるまい。
ホテルを出るにはフロント(とゆ〜ほど立派なモンではないが)を通らなければならない。
先程、リクシャ野郎達とのやり取りを無言で面白そうに見ていた宿主が声をかけてきた。
「ヤツ等にいくら巻き上げられたんだ?」
朝からの出来事を話すと、「おまえらアホじゃ〜。なんでそんなに払うんだよ!?」
そこへ別の従業員が来て「くるくるぱー(日本語で言いやがった)ね。」と追い討ちをかける。
あ〜あ〜、何とでも言ってくれ、ど〜せくるくるぱーだよっ!と開き直るてんちょの横で友人Sはとうとう泣き出した。
これにはヤツ等、さすがにびっくり&言いすぎたと思ったらしい。手の平を返したように優しくなりおった(笑)。
「みな悪い人間ではないのだが、貧しいからな。インドが抱える大きな問題なんだよ。」
と宿主ガネーシャは言った。まだ22歳でインド人とイギリス人のハーフだそうな。鼻の下の髭をそったら、なかなかかわいらしいであろう。
彼等の努力の甲斐あって、ウチ等も気を取りなおす。ちなみにこの1件のおかげで仲良しになれた上、最後まで非常に丁寧な対応を受けた。ラッキ〜♪
気分が良くなったのでレストランに行くことに。そういえば今日はまだロクな物を食べていない。
街はフェスティバルの飾り付けがされている。どことなく田舎っぽい電飾がかわいらしい。
最初に見つけた無人のレストランに入る。注文を取りに来てくれるまで10分ほど待って(呼んでも誰も来なかった)、
オーダーを取った後、彼は「OK」とうなずいて何故か外へ出ていった。もしやこれから買出し!?
心配になるような店の割に、出てきた料理はと〜ってもおいしかった!最初は食欲なかったのに、ナンを追加してしまったほど。
それに、おいし〜!と言った時の店員さんの輝く笑顔。あんな笑顔ができる人間でありたい。
食事が終わる頃には、外は日が暮れていた。電飾が灯った街は異国情緒たっぷりである。
フェスティバルは夜中にかけて行われるようだが、女性観光客が行くにはあまりに危険らしい。
まぁ、残念やけど諦めてもいいよね。おいしい料理を食べられたし。
これが幸せのカレー。丸いのはトマト。 フェスティバ〜ル!
いつの間にやらすっかりイイ気分になった2人が、お風呂を済ませてエアコンのすばらしさを味わっていると、ドアがノックされた。誰や今頃!?
「ちょ〜っとね〜(日本語)」妙に機嫌のいいガネーシャの声。ドアを開けると、日本人の女のコが来てるから降りて来いという。
言ってるソバから行ってしまう彼の後をとりあえず付いて行ってみると、ホテルの前の路上で女のコが2人、リクシャの運ちゃんと喧嘩していた。
「行きたい宿の名前をいくら言っても、そこへ行ってくれないの(怒)!」
あ〜よくある事ですね。運ちゃんはマージンもらえる所に行きたがるから。
ちなみにその宿の名前を聞くと、路地の奥の例のホテルだった。み〜んな地球の歩き方を見て目指すらしい。
「この時間からあそこに行くのは危ないで。この宿も悪くないと思うけど。」
そう言ったのが運のツキか、成り行きで客引きの手伝いをさせられてしまった。彼女等とガネーシャの英語と日本語の通訳。
洗った後のぼさぼさヘアーにすっぴんメガネ、パジャマ代わりのよれよれTシャツ&スパッツという出で立ちで、私は一体何をやってるんだ?
商売の為に使えるものは何でも使う。インド人恐るべし。
押し問答の末、彼女等は泊まっていった。部屋がきれいではなかったのがイヤそうだったが。
確かにウチ等の部屋にも、アリ道があったもんなぁ〜。『ここに鞄置かなきゃいいや』ってな感じで気にも留めてなかったけど。
あまり慣れるのも怖いよねぇ〜と言いつつ、明日の日の出見物に備えてベッドに入る。
昼間からくり返しず〜っと鳴り続けている音楽の音量はちぃ〜っともかわっていない。
それどころか夜が更けるにつれ、ハイになったインド人達の喚声は大きくなっていく・・・。
その晩、インドの喧騒の中で迷子になり、もみくちゃになってうなされている夢を見たのは言うまでもない。
つづく